H27年4月7日
春雨と云うには少し肌寒い中、毎度のことながら遅刻する人、集合場所を間違える人、それぞれに集まった42会面々の22名。
ここは小石川後楽園、水戸の黄門様ゆかりの名園。しばしこのお庭を散策、日本各地や中国の名勝を再現した庭は正に東京に残る深山幽谷。
その後、総会会場の庭内の函徳亭へ。片桐会長のあいさつそして春の集いのお誘いと、被災者募金を一人 1000円の提案を満場一致で承認。加藤さんからの会計報告、そして永山前会長の音頭で乾杯した。永山さんは年末股関節の大手術。「新品の部品に取り換え たので快調です」との事でした。
函徳亭美都屋の特制松花堂弁当でお酒の進む中、志村さんより「脳血栓」とリハビリのお話。昨年に比べ左腕は劇的に回復され嬉しい限りですが、今回で事務局長を辞されました。後任は、柏原が引き継ぐ事になりました。
続いて我ら42会のマドンナ鴨下さんの登場。長らく勤務された高校の英語教諭を退職され、今後の自身の抱負と42会温泉部会を歴史探訪部会への変身を提案された。
久々参加の木村さんの近況や、馬場さんの今年の行事予定の説明。その中池本さんからの突然の発言、5月9日「神田明神際」に行こうと。それなら前回雨で中止になった神田川遊覧を合わせてやればの提案がありました。
そして永山さんより「今年は42会結成から記念すべき10年、何かやりませんか」との提案。42会最初の温泉旅行先「いま再びの岳温泉へ」と前々からのリクエスト「常磐ハワイアン」への声も有り、ハワイアンが優勢でした。
エンディングは恒例のカレソン、肩を組み歌う姿は正に青春まっただ中。
その後、近々の再会を契り三々五々街の雑踏へ溶け込んでゆきました。
(文・事務局: 42会 柏原博人)
(写真: 42会 加藤寿彦)