いよいよ秋本番。しかし、その前に大雨や台風がやってきましたが、
皆さんのお住まいの地域は大丈夫でしたでしょうか?お見舞い申し上げます。
今回は、第八代同志社総長の海老名彈正先生についての情報がタップリです。
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発行:同志社ファンを増やす会
・海老名彈正先生顕彰碑建立10周年記念 碑前祭 <ご報告>
この顕彰碑は海老名彈正の生誕の地である福岡・柳川に10年前建立され、平成16年9月18日に除幕式が行われたものです。
建立から10年の歳月が経過し、当時の思いを忍ぶと共に10周年を記念して碑の横に新島襄と縁あるカタルパが植樹されました。
海老名彈正先生顕彰碑建立10周年記念 碑前祭
2014年9月20日、下記の次第で行われました。
・司 式 日本基督教団福岡玉川教会牧師 西八條 敬洪氏
・讃美歌斉唱 294番、 聖書朗読、 祝祷
・ご 挨 拶 学校法人同志社 総長 大谷 實先生
「同志社総長の大谷でございます。学校法人同志社を代表して、一言、お祝いの挨拶を申し上げます。(以下要約:多田直彦)
本日は、「第10回海老名祭」碑前祭が、このように盛大に挙行されましたこと、誠におめでとうございます。心からお喜び申し上げます。久留米クラブ与田会長及び海老名彈正顕彰委員会秋島会長を初め、関係者の皆様のご尽力に感謝いたしますとともに、改めて、ご努力に敬意を表する次第でございます。
海老名彈正先生は、牧師として、また、宗教界、言論界で大活躍した後、第8代同志社総長に就任し、3期にわたってその重責を果たしました。海老名先生は、いわゆる「同志社アカデミズム」を育て、学園の発展に大きな成果を挙げられたのであります。
なお、ここ柳川市は、立花藩12万石の城下町として栄え、網(あみ)目状の掘割が独特の景観をかもし出している、美しい町でございます。そして、海老名彈正先生顕彰碑の建立によりまして、新たな観光名所が誕生し、海老名彈正先生は、柳川賢人の一人として郷土史に名を連ねるようになりました。
柳川市と同志社との関係が、今回の「第10回海老名祭」を契機として、今後、益々意義深いものとなり、同志社の卒業生の皆様および柳川市との連携が一層深まることを、心から期待するものであります。本日は、誠におめでとうございます。」
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その後、カタルパの木の記念植樹があり「土入れ」を学校法人同志社総長大谷實先生、理事長水谷 誠先生、同志社大学学長 村田晃嗣先生、柳川市市長金子健次氏ほかが行われました。
<参考情報>
・碑建立の経緯
海老名彈正先生顕彰の碑を建てようと企画したのは、校友会久留米クラブで、早速、「海老名彈正顕彰碑建立実行委員会(会長・秋島晃二久留米クラブ会長)を結成し、活動を始めた。それは三年後に同志社創立130周年を迎える平成14年4月で、130周年記念の年に完成を目指していた。
それ以来、募金活動を精力的に実施した。学校法人同志社から大谷實総長が平成14年に、八田英二学長が平成15年に建立予定地を視察された。
・碑の設計など
建立実行委員会は募金活動と並行して、碑のデザイン、文面、文字などについて討議を重ねた。その結果、デザイン設計は横沢英一先生。文は關岡一成先生、碑文は大谷實総長に揮毫を、海老名彈正の略歴は本井康博先生にお願いしたところ諸先生方から快諾頂き、順調に計画が進んだ。
一方、募金は思うようには集まらなかったが各地の校友会・同窓会の強い協力もあり、達成できた。寄付者の名前は碑の裏面に銅板に刻み、その謝意を表している。
・碑の文面
私は人物が欲しい。これは私の苦悶であります。独り私の苦悶にあらずして、日本の苦悶であります。
願はくば、日本を世界に指導し行く所の人物を作り出したい。
「総長就任の辞」より
・碑にある海老名彈正の略歴
海老名彈正は一八五六年九月一八日、柳川市新外町にて誕生。伝習館から熊本洋学校に進み、L.L.ジェーンズからキリスト教の感化を受け、「熊本バンド」の一人となる。次いで京都の同志社英学校で新島襄の薫陶を受け、第一回生として卒業。以後、群馬、熊本、神戸、東京などで牧師として伝道に従事。本郷教会では吉野作造や中島重らの俊才を育成した。一九二〇年同志社総長に就任し、「同志社アカデミズム」をもたらした。一九三七年五月二十一日東京で永眠。柳川の真勝寺にも分骨された。
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海老名彈正先生顕彰碑建立10周年記念祝賀会
(司会進行:足達征次氏)
・歓迎の挨拶 久留米クラブ会長与田久之氏
・来賓紹介、来賓挨拶
・「万年筆贈呈」
この万年筆は海老名彈正が天皇から下賜されたもので、後に友人の渡邉村男氏に贈られた。現在は渡邉高行氏の手元に有ったものを学校法人同志社に贈呈されたのであります。
・海老名彈正先生の略歴紹介:海老名彈正顕彰会会長秋島晃二氏が映像を使って分かりやすく行われた。
・乾杯:同志社校友会・副会長豊原洋治氏が音頭をとられ、祝宴に。
・記念植樹のカタルパについて:久留米クラブ副会長加藤貴志雄氏が説明。
・最後にカレッジソングの合唱で閉められた。
なお、特記すべきは鳥栖市の市会議員を数十年務めるかたわら鳥栖新聞社を経営されていた入院中の黒田攻氏の早期退院を祈って全員でエールを送られた。
この同志社の仲間の友情には、大いに感動した。
黒田攻氏は「ありがとう」運動の会を創られ、「ありがとうの歌」を作詩作曲され、日本だけでなく世界に向けても運動の展開をしておられます。詳細は添付のパンフレットをご覧下さい。なお、「ありがとうの歌」はYou Tubeに載っています。
お詫び*「建学の精神とキリスト教」 第6回は11月1日に掲載します。
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転送又は郵送のお願い
この「同志社ファン・レポート」を貴殿の名前で
あなたの知人や友人に転送又は郵送いただき、
同志社フアンを増やしていただきたいのです。
お手数ですが、よろしくお願いします。
「同志社ファンを増やす会」本部 多田 直彦
hgf02421@doshisha-u.net
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